○麻黄根(まおうこん)
マオウ科の常緑小低木マオウや木賊麻黄などの根および根茎を用いる。地上茎は麻黄である。魔王の根は木質で、掘りあげると根の表面は紅褐色をしている。
最近、麻黄根の成分としてエフェドラジンA~Dが発見され、血圧降下作用や止汗作用が報告されている。漢方では麻黄には発汗、平喘・利水の効能があるが、麻黄根には止汗の効能があり、自汗、盗汗などに用いる。
虚弱体質のために自汗や盗汗のみられるときには牡蠣・黄耆などと配合する(牡蠣散)。また陰部湿疹などに用いる柴胡勝湿湯にも配合されている。
○麻黄(まおう)
中国東北部、モンゴルなど乾燥地帯を中心に自生しているマオウ科の常緑小高木マオウ(ephedra sinica)や木賊麻黄(E.equisetina)などの地上茎を用いる。
マオウはスギナに似た植物で地上部の茎は草質であるが、茎の下部は木質化している。根は麻黄根という。なめるとわずかに舌にしびれ感(麻性)があり、黄色いために麻黄と名づけられたとされる。
マオウの主成分であるエフェドリンは1887年に東大の長井長義博士らにより単離され、構造式が決定された漢方生薬初のアルカロイドである。その後、1924年に中国において陳、シュミット両博士によりエフェドリンの鎮咳作用が発表され、喘息の特効薬として世界中に広まった。ちなみにエフェドリンから合成されるメタンフェタミン(ヒロポン)は覚醒剤としても有名である。
マオウの成分としてアルカロイドが1~2%含まれ、その40~90%がエフェドリンで、そのほかプソイドエフェドリンや微量のメチルエフェドリンが含まれている。現在、マオウに関する薬理作用として中枢神経興奮、鎮咳、発汗、交感神経興奮、抗炎症、抗アレルギー作用などが報告されている。
一方、エフェドリンの構造式はアンフェタミンに似た中枢神経興奮作用とアドレナリンに似た交感神経興奮作用である。ただしアドレナリンが経口では分解されて効果がないのに対しエフェドリンは経口でも分解されずに吸収され、またアドレナリンに比べて持続的かつ緩和な作用である。エフェドリンの血圧上昇作用は短期間の反復投与で作用が減弱するタキフィラキー現象がみられる。
鎮咳作用に関して、エフェドリンは気管支の細胞膜にあるβ受容体を直接的あるいは間接的に刺激し、気管筋を弛緩させて気管を拡張させる。肥満細胞のβ受容体にも作用してヒスタミンやSRSA(アナフィラキシー遅延反応物質)の放出を抑制し、抗アレルギー作用を発現する。また抹消血管を収縮させることにより鼻づまりの症状を改善する。一方、抗炎症作用は主にプソイドエフェドリンによることが証明されている。
マオウの副作用として不眠、動悸、頻脈、発汗過多、排尿困難(尿閉)、胃腸障害などがある。中国では古くから麻黄は重要な治療薬として利用され、「神農本草経」にも発汗鎮咳、平喘作用などが明記されている。漢方では発汗・止咳平喘・利水消腫の効能があり、発熱、頭痛、鼻閉、骨関節痛、咳嗽、喘息、浮腫、麻痺、しびれ感、皮膚疾患などに用いる。
麻黄の発汗作用は生薬の中で最も強いため、汗をかきやすい状態(表虚証)には用いないのが原則である。これに対し麻黄の節や根(麻黄根)には止汗作用があり、「傷寒論」では麻黄を用いるときには「節を去る」という細かい指示がある。なお、麻黄の配合された処方は虚弱体質者、不眠症、高血圧症、狭心症の人に対して注意が必要である。
米国では、エフェドラがダイエットや運動能力増強などの目的で広く使用された結果、心臓発作、脳卒中、死亡などの健康被害がみられたとして、2004年2月、FDAはエフェドラを含む栄養補助食品の販売を禁止した。
現在、中国は天然資源の保護の観点から麻黄の輸出を制限している。ちなみにエフェドリンはドーピングの規制対象であるため、葛根湯をはじめ麻黄の配合されている漢方薬はすべて問題となる。
○玫瑰花(まいかいか)
日本各地および東アジアの温帯から亜寒帯にかけて分布するバラ科の落葉低木ハマナス(Rose rugosa)の咲きかけた花を用いる。おもに海岸の砂地に生え、日本では太平洋側で千葉県、日本海側で鳥取県以北に分布する。
日本のハマナスの花は一重なのに対し、中国のハマナス(P.rugosa var.plena)の花は重弁であり、茎の刺が少ないなど若干異なり、ハマナスの変種と考えられている。ハマナスはハマナシ(浜梨)の東北なまりといわれ、果実がナシに似ていることに由来する。
根にはタンニンが多く含まれ、秋田八丈の染料として有名である。果実にはビタミンCが多く、薬用酒にして疲労回復に用いられる。花からは芳香精油のローズ油が採れ、香水原料となる。このローズ油にはシトロネロール、ゲラニオール、シトラール、リナロールなどが含まれている。
漢方では花に理気・調経の効能があり、ストレスによる腹痛や下痢、月経不順などに用いる。一般に単独で茶剤として服用することが多い。また中国では花を蒸留酒に浸した玫瑰酒(玫瑰露)がよく知られている。日本には天然着色料の原料としても中国から輸入されている。
○翻白草(ほんぱくそう)
日本の近畿地方以西、朝鮮半島、中国に分布するバラ科の多年草ツチグリ(Potentilla discolor)の根を含む全草を用いる。
花が開花する前に蕾をつけたまま採取する。葉の裏が綿毛のために白くみえることから翻白草、肥厚した根がそのまま食べられることからツチグリという名がある。中国の多くの地区でカワラサイコ(P.chinensis)り全草を翻白草と呼ぶこともある。
成分にはタンニンやフラボノイドが含まれるが、詳細は不明である。漢方では清熱解毒・止血の効能があり、細菌性腸炎や肺炎、下血や喀血に用いる。また皮膚炎に煎液を外用する。
○牡蠣肉(ぼれいにく)
イタボガキ科のマガキをはじめ、中国では近江牡蠣、大連湾牡蠣などの肉を用いる。中国ではカキの肉を一般に蠔(hao)という。カキニクは「海のミルク」と呼ばれるように、グリコーゲン、タウリン、必須アミノ酸のほか、銅、亜鉛、マンガン、バリウムなどの無機塩、各種ビタミン、ヨードなどが含まれ、栄養価の高い食品である。
カキを塩水に浸けて発酵させた醤の上澄みは蠔油、すなわちオイスターソース(かき油)であり、調味料に用いられている。
漢方では補陰・補血の効能があり、煩熱による不眠、精神不安、丹毒などに用いる。日本の民間ではカキの肉を乾燥した粉末やエキスが、強心・強肝・滋養薬として心臓病や肝臓病、胆石症、盗汗、貧血に用いられている。
○牡蠣(ぼれい)
日本や朝鮮半島、中国など近海に生息するタイボガキ科のマガキ(Ostrea gigas)をはじめとして、中国では近江牡蠣(O.rivularis)、大連湾牡蠣(O.talienwhanensis)などの貝殻を用いる。
カキ全体を指して牡蠣と書くが、牡蠣とは本来、カキの貝殻のことである。中国ではカキの肉を蠔(hao)と書き、生薬としては牡蠣肉という。日本では「カキ肉」と呼ばれている。カキは二枚貝であるが、岩などに付着するため左右の殻の形は異なり、殻の表面は波上にざらざらとしている。
カキは世界中で食用にされ、ヨーロッパでは紀元前より、日本では江戸時代より養殖されている。カキの殻は薬用とする以外に、粉末にして小鳥の飼料などにも用いる。
主な成分は炭酸カルシウム(CaCO3)であるが、リン酸カルシウムなどの無機塩、鉄、アルミニウム、アミノ酸などが含まれる。また免疫増強活性を有する多糖類が報告されている。薬用のボレイ末は他にカルシウム剤として使用されているが、漢方では牡蠣は代表的な重鎮安神薬のひとつであり、また平肝潜陽の作用もある。
重鎮安神・平肝潜陽というのは質量が重く、気を鎮める作用であり、不安、動悸、不眠などの不安神経症、頭痛、眩暈、耳鳴、煩躁などの興奮状態(肝陽上亢)に効果があることを意味している。
そのほか収斂薬として止汗・固精・止帯・止渇の効能、リンパ節腫脹を治療する軟堅散結の効能、制酸作用による胃痛の改善作用がある。牡蠣を生で用いると鎮静・軟堅の作用が、焼いて(煅牡蠣)用いると収斂・固渋の作用が強い。
重鎮安神薬の竜骨と効能は似ているが、安神作用は竜骨のほうが牡蠣より強い。また牡蠣が胸腹の動悸に有効であるのに対し、竜骨は臍下の動悸有効である。両者はしばしば併用され、そりにより鎮静・固渋の作用が増強される。
○牡丹皮(ぼたんぴ)
中国を原産とし、中国北西部に自生するボタン科の落葉低木ボタン(paeonia suffruticosa)の根皮を用いる。ボタンは中国を代表する国花で花王とも讃えられ、古くから薬用や観賞用に栽培され、唐代に大流行したといわれる。
日本には奈良あるいは平安時代に渡来し栽培され、江戸時代にボタン栽培が流行し、数々の園芸品種が作りだされた。日本では薬用として主に奈良県桜井付近で栽培されている。同属植物にシャクヤク(p.lactiflora)がある。シャクヤクは多年草で冬に地上部が枯れるが、ボタンは冬でも地上部が残っている。
薬用品種では単弁紅花がよいといわれ、また中国安徽省銅陵鳳凰山のものは最良とされ、「鳳凰丹」とか「鳳丹皮」と呼ばれている。薬用にするときは開花前に蕾を取り去り、苗から4~5年目の根を掘り取る。根から木芯を抜き取り根皮としたものを生薬に用いる。今日でも木芯はひとつひとつ口で加えて抜き取る作業が行われている。
良品は薬剤の断面が紫褐色で切り口や内面にペオノールの白い結晶が析出し、特有の香気がある。成分としてペオノールとその配糖体であるペオノシド、ペオノリドのほかペオニフロリン、ガロタンニンなどが含まれる。薬理学的には抗炎症、血小板凝集作用のほか、抗菌、鎮痛、抗アレルギー作用なども知られている。
漢方では清熱涼血・活血化瘀の効能があり、熱性疾患にみられる斑疹や鼻血、吐血、下血、月経不順、腹部の腫瘤、炎症などに用いる。牡丹皮の特徴として血分に入り、瘀血を散じ、血熱を清するが、涼血・止血をしても血液を瘀滞させず、去瘀・活血しても血液を妄行させないといわれる。
○補骨脂(ほこつし)
インド原産で、インドから東南アジアに分布するマメ科の一年草オランダビユ(Psiralea coyylifolia)の成熟した果実(種子)を用いる。
補骨脂はその薬効を表した名といわれるが、婆骨脂は破故紙などいずれも同じような中国音を当てた別称があり、外来語と考えられる。中国では四川・河南・陝西・安徽省などを主産地とする。
果実は長さ5cmくらいの腎臓のような形で、果皮は種子に付着し、種子には芳香がある。果実には精油や有機酸、配糖体、種子にはクマリン類のプソラレンやアンゲリシン、フラボノイド類のババキンやババキニン、カルコン類のババカルコンなどが含まれ、冠血管拡張作用などが知られている。
漢方では補陽薬のひとつで脾腎を温補し、固精・縮尿の効能があり、遺尿や頻尿、下痢、失精やインポテンツ、足腰の冷えに用いる。腎陽虚によるインポテンツや腰痛、倦怠感などには強壮剤として海馬・人参などと配合する(海馬補腎丸・ナンパオ)。腎元不足による小児の遺尿や夜尿には胡椒・附子と配合する(尿牀丸)。
浮腫や腹満、呼吸困難のみられるときには茯苓・附子などと配合する(壮原湯)。五更瀉といわれる早朝にみられる下痢など脾腎陽虚による慢性の下痢には呉茱萸・五味子などと配合する(四神丸)。また近年、中国では白癜風(白斑)や脱毛症に補骨脂の外用や注射治療が報告されている。
○蒲公英(ほこうえい)
北半球の温帯から寒帯にかけて広く分布するキク科の多年草タンポポ属の全草を用いる。日本のタンポポには在来種のカントウタンポポ(Taraxacum platycarpum)やカンサイタンポポ(T.japonicum)、帰化したセイヨウタンポポ(T.officinale)などがある。中国では主にモウコタンポポ(T.mongolicum)の根付き全草を用いる。モウコタンポポは日本の島原半島にもまれに産する。
日本ではタンポポは若葉をゆでたり、根を炒めたりして食べるが、フランスではセイヨウタンポポのサラダ用品種が栽培されている。また乾燥した根を煎ったものはタンポポコーヒーとして飲用されている。
全草にはタラクサシンやタラクサステロール、コリンなど、葉にはルテイン、プラストキノン、花にはアルニジオールなどが含まれている。薬理的には抗菌、抗真菌作用、臨床的には健胃、利胆、利尿作用などが知られている。
漢方では清熱・解毒の効能があり、乳癌(乳腺炎)の要薬あるいは通淋の妙薬といわれている。急性乳腺炎では新鮮な全草の汁を服用したり、患部に貼付する。また乳癰の初期に金銀花・野菊花などと配合する(五味消毒飲)。
このほか中国では虫垂炎や急性肝炎、上気道炎、膀胱炎などにも広く用いられている。また結膜炎に煎液で洗顔する方法もある。日本ではタンポポの柔らかい若葉は催乳薬として知られ、しばしば当帰・香附子などと配合する(蒲公英湯)。また、欧米ではセイヨウタンポポの根や葉をダンディライオンと呼んで、血液を浄化し、胆汁の分泌を促進し、利尿や緩下などの効能のあるハーブティーとして、肝臓や胆嚢の病気、夜尿症、便秘、皮膚炎やアレルギーの治療に利用している。
○朴樕(ぼくそく)
日本各地の山林に自生するブナ科の落葉高木クヌギ(Quercus acutissima)などの樹皮を用いる。クヌギの名は「国木」に由来するが、朝鮮半島、台湾、中国にも分布する。ただし、中国の生薬名はクヌギの樹皮を橡木皮、果実を橡実という。一方、中国名で朴樕というのは同属植物のカシワ(Q.dentata)の植物名のひとつであり中国ではカシワの樹皮の生薬名を槲皮という。
日本で朴樕と用いられているクヌギおよび同属植物の樹皮には多量のタンニンやフラボノイドのクエルチトリンが含まれ、収斂・抗菌作用などが知られている。なお、ブナの材を乾留して得られるタールの中手にはクレオソートが含まれ、止瀉薬や殺菌薬の原料となっている。またクヌギのタンニンは染料や皮なめし財として用いられるほか、材木は椎茸の榾木や木炭にも利用される。
クヌギの樹皮は主に日本漢方に用いられ、中国ではあまり利用しない。漢方では瘀血を除き、解毒する効能があり、悪瘡、痔患、下痢、下血に用いる。
香川修庵は打ち身による腫れや痛みに川骨・川芎などと配合して用いた(治打撲一方)。花岡青洲は癰疽など化膿症の初期の治療に柴胡・独活・桔梗などと配合して用いた(十味敗毒湯)。