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2009/04/03 20:24 | 印刷

臨床の小窓―その1
 介護福祉学科講師 永井富優子先生
 (本校付属臨床施設/鍼灸師)

臨床の小窓―その1「99歳の肋骨弓」

              介護福祉学科講師 永井富優子先生
               (本校付属臨床施設/鍼灸師)

 1ヶ月に2~3軒のことであるが、往療している。ほぼ寝たきりの状態であるとか、外に出られないとかの事情に加えて知人の紹介があって往っている。しかしそのことは、亡き師の教えと関係している。師は日頃から往療を大切にするよう薦めた。患者さんの住む家に行き治療をするとき、患者さんを取り巻く生活環境、人間関係まで自ずとよくわかる。病というものを考えるときにそこが原点であるから、そのことを忘れないようにたとえ一軒でも往療を続けなければならないと言われた。先生ご自身も鍼灸の大家でありながら、晩年まで往療を続けておられた。
 その往療先の1つであるが、99歳と93歳のご夫婦で、友人のご両親という縁である。来年は100歳を迎えるというのでそれを楽しみにしているようである。初診のときに私は覚えているが99歳の男性の肩甲骨の下角線を計り間違えたのである。それほど肩甲骨が大きかった。そしてその大きさに慣れた今でもその肋骨弓の高さには毎回感動している。大きな肩甲骨と高い肋骨弓。これが長寿の秘密であろうか。その大きな胸郭に取り囲まれた中の肺も当然大きい筈である。東洋医学においては、肺は腠理を主る。腠理というのは皮膚の間という意味である。わかりやすくいえば呼吸をする皮膚の孔のことで、鍼灸ではアトピーの湿疹にしても足の水虫にしても肺を治療することになる。その肺がこのように大きいのであるから長寿を支えているのも道理である。友人のおとうさんの紹介のときの言葉はこうであった。「顔の肌がきれいでしょう。私たち、かないっこない。」本当にその言葉通りにおとうさんのお顔の色は桜色をして染みひとつないのである。ちなみに長く続けておられた趣味は謡と仕舞いであった。
 この冬は寒さが応えたかさすがに足腰が弱られたのであるが、春の日差しとともに回復して、百歳をめざしてご夫婦で支えあって暮らしておられる様子。そうした暮らしの一端に触れるだけでも私にとっては大変な勉強である。続けられる限り、今後も往療を大切にしていきたい。最後に私の師というのは、故島田隆司先生である。

090403up harada

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