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「経穴学」入門篇-その4-
主題:「経穴学」入門篇-その4-
~『穴会』と『節之交』~
「穴会(けつえ)」について(コラム4の③参照)。
”「一歳に応ず」るから356なのだ”、と有りました様に、ツボの数を一年の日数に対応させて居ますね。これは、①の「凡(およ)そ三百六十五の穴・・・」にも表れて居る考え方です。
また、種々の経絡の内の「正経十二脈」が12脈である事も、同様に一年が十二ヶ月だからです。この様な環境としての天地自然と、その中に生きる万物(人間を含む)との間には似た構造があって「気」の感応や交流が起こって居る、とする考え方を「天人合一」思想と言います。その「気」の人体での流通経路が「経絡」です。
経絡の「経」(原義は織物の「縦糸」)とは、人体内部を上下の縦方向に走る経路(=経脈)で、「絡」(①つなぐ意、他の経脈と「つなぐ」脈。②分布領域に「まつわり」「からむ」脈)とは、経脈から枝分かれして広がる支流(=絡脈)です。
「孫絡(そんらく)」は、絡脈の更に細かな分枝の意です。
ですから、「孫絡の三百六十五の穴会」とは、気の通路上の細かな枝分かれである孫絡と経絡との「交わり会う節目の場所」の意となります。
下記⑥の「節の交り三百六十五会」も同様の事と考えられます。
※ツボの呼称※
⑥「節(セツ)」
『霊枢』九鍼十二原篇「節之交,三百六十五曾.知其要者,一言而終.不知其要,流散
無窮.所言節者,神氣之所遊行出入也.非皮肉筋骨也.」(R1-3b-2~4)
訓読;節の交り三百六十五曾.其の要を知るは,一言にして終わる.其の要を知らざれ
ば,流散し窮まり無し.言う所の節とは,神氣の遊行出入する所なり.皮肉筋骨に非
ざるなり.
この『九鍼十二原』篇の意釈と説明は、少々長くなりますので、次回とさせて頂きます。
文 はりきゅう学科専任講師 山口秀敏
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