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千曲市八幡地区には近在にもまれに見る古社で、多くの参詣客を集める武水別神社があります。地元では「おはちまんさん」と呼ばれて親しまれています。

創建は、社伝によると、第八代孝元天皇(214~256BC)の時代と伝えられています。祭神は武水別神(たけみずわけのおおかみ)。その後、安和年間(968~970)に京都の石清水八幡宮より、誉田別命(ほんだわけのみこと)息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)比呼大神(ひめおおかみ)勧請され、社殿に奉斎されました。
延喜式神名帳(平安中期)に名神大神として記録されおり、三代実録(延喜元年)には、清和天皇貞観8年6月従二位、九年列官社とあり、太古より大社でした。
中世は、この地方随一の八幡宮として諸将の尊崇が篤く、木曽義仲の戦勝祈願、上杉謙信の必勝祈願文(1557年、1564年)、海津城主森忠正公(慶長七年)、松代城主真田伊豆守(寛永十三年)の寄進を受けています。
社宝の「銅製釣燈籠」は室町時代の作とされ、県宝に指定されていますが、一般には公開されていません。
境内にある「摂社高良社本殿」は室町時代後期の建築様式の社殿で県宝に指定されています。社殿は境内入り口の太鼓橋から数十メートル入って左側に、正面を参道に向け、建っています。

摂社高良社本殿(本殿はこの建物の中にあります)
毎年12月に行われる「大頭祭」は、国の選択無形民俗文化財に指定されています。このまつりは古式ゆかしい装束に身を包んだ「頭人」と呼ばれる氏子の代表が、五日間にわたって参道を練り歩くというものですが、一見の価値があります。(毎年12月10日~14日)
第1回目の「川中島の戦い」は別名「布施・八幡の戦い」とも言われ、武田晴信は当初この武水別神社付近に本陣を構えたとされています。
最初の戦闘はこの付近で行われ、武田側は支えきれなくなり、一時兵を塩田まで引いたと言われています。

投稿者 chikuma-city
: 2007/08/24 10:03
