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屋代氏は川中島の戦いの頃、更埴地域を治めていた領主で、武田・上杉・徳川に仕えた武将です。このほど屋代氏の子孫の方から大変貴重な書簡をご寄付いただきましたので、公開します。
書簡は武田信玄・上杉謙信・徳川家康の自筆の文書を含む12点です。
(写真は今も一重山に残る屋代城跡)

「戦国領主屋代氏と屋代家文書」公開について
1 日 時 4月1日(日)~5月6日(日)
2 場 所 千曲市森将軍塚古墳館
3 休館日 毎週月曜日および祝日の翌日
4 その他 入館料大人200円がかかります ※小中学生は無料
屋代氏(やしろし)は信濃更級郡葛尾城主・村上氏の一族とされ、代々村上氏の上臣の地位を占めていました。居城は市内の一重山の南にあった「屋代城」で、市の史跡となっています。
村上に仕え、上田原の戦いでも活躍しましたが、天文22年(1553年)武田晴信が猿ヶ馬場峠から進攻してくると、当時の当主であった屋代正国・秀正父子は塩崎城主・塩崎氏とともにその軍門に降り、以後30年近く武田氏に従えました。
天正10年(1582年)、武田氏が滅亡すると上杉景勝に出仕し、海津城の副将となりましたが、まもなく徳川家康の誘いに応じて持ち城であった荒砥城に入り上杉氏に謀反を起こし、攻められ逃亡。
以後徳川氏の元に降って忠誠に励み、後に安房国北条藩で一万石を与えられましたが、正徳2年(1712年)に年貢増徴問題で農民と諍いを起こし、改易に処されました。ただし祖先の勲功により旗本となり、子孫の方は今も静岡でお暮らしになっております。
本年度、この子孫の方から海津城の副将時代の大変貴重な書簡を市にご寄付いただき、このほど一通りの調査が終わりましたので、その成果を4月1日~5月6日まで、企画展『戦国領主屋代氏と屋代家文書』として、古墳館で公開します。
